宇田川榕庵
岐阜県ゆかりの「温泉人」といえば、まず、真っ先にこの人の名が頭に浮かびます。
江戸時代後期の寛政10年(西暦1789年)3月9日に大垣藩医江沢養樹の長男として生まれた宇田川榕庵(うだがわ ようあん)です。日本の植物学、化学、昆虫学の先駆者であり、日本における国際文化の開拓者とも言われています。
榕庵は大垣藩医の子として生まれ、14歳で、津山藩医で蘭学者の宇田川玄真の養子となりました。その後、養父玄真から漢方医学や本草学(現在でいう博物学)など基礎的な学問を学び、本格的な学問の道が始まります。
『舎密開宗』
数多くの植物学書、医学書、化学書などを著していますが、温泉に関わる重要な書物として『舎密開宗(せいみかいそう)』が挙げられます。『舎密開宗』は、わが国初の「化学を体系的にまとめた本」として知られています。
下呂発温泉博物館蔵
この『舎密開宗』は、イギリスの化学者であるW・ヘンリーの『化学入門』の翻訳書なのですが、もともとの英語版がドイツ語版に翻訳され、さらにオランダ語版に翻訳されたものを、榕庵が日本語に翻訳したものです。と言っても、純粋な翻訳だけでなく、様々な書物を参考にしながら自分の実験や考察なども書き加えられています。
『舎密開宗』の「舎密(せいみ)」は、オランダ語のchemie(化学の意味)に「せいみ」という読み方をあてがったものです。「開宗」は「開いてはじめること」というニュアンスの言葉です。
現在、私たちが使っている「元素」「水素」「酸素」「窒素」「硫酸」「物質」「酸化」「分析」などの言葉は、この本を著すにあたって榕庵が考えた(定義した)ものだそうです。すごいですね。
さらにすごいのは、宇田川榕庵は、日本人として初めて本格的な「温泉分析」を行った人で、『舎密開宗』の外篇(巻1)には鉱泉の分類や分析方法などが記されているのです。
今回ご紹介しました『舎密開宗』は、下呂温泉にある下呂発温泉博物館に展示してあります。
※本稿は、主に拙著「温泉博物館 名誉館長の温泉ブログ」より引用いたしました。
文 献
・宇田川榕庵著『舎密開宗』
・津山洋学資料館ホームページ「洋学博覧漫筆」vol.13
・岐阜県図書館ホームページ「近代植物学と化学の先駆け 宇田川榕庵」

執筆者
古田 靖志
温泉研究者。下呂発温泉博物館 名誉館長。温泉科学の研究と教育普及活動に取り組む。

